Thomas Hellström (1924 - 2006)

トーマス・ヘルストレム(1924–2006)
── 静かな原動力 ─ ニッツィオを支えた手と目

トーマス・ヘルストレムは、20世紀後半のスウェーデン陶芸において、長く中心的な役割を果たした作家です。1958年、ダーラナ地方のニッツィオ工房に迎えられて以降、約半世紀にわたってその屋台骨を支え、同工房の近代化と創造的展開の両面に貢献しました。

彼の仕事の特徴は、デザイナーであると同時に技術者でもあったという点にあります。釉薬の調合や焼成方法の更新、ガス窯への移行といった技術的改革を主導しながら、自らの芸術的ビジョンを量産体制の中で具現化するという、二重の立場を一貫して担いました。生産と創造のあいだに立ち、工場に新しい「顔」をもたらす役割を静かに果たしていた人物です。

その仕事の中でも、とりわけ広く知られているのが動物のフィギュリンです。熊、猫、鳥、ウサギなど、多くの種類が作られましたが、いずれも単なる可愛らしさやデフォルメではなく、動物の動きや佇まいをよく観察した上で、ごく簡素な造形に落とし込まれています。どの角度から見ても自然に感じられるフォルム、釉薬のかけ分けによる色の表情、小さな造形に込められた確かな観察眼──それらは決して偶然ではなく、技術と感性が噛み合っていた証です。

また、彼の動物作品は一見すると素朴ですが、実は造形の幅が非常に広く、スタイルも一定ではありません。釉薬の質感や配色、フォルムの抽象度、記号性の強弱まで、作品ごとに異なるアプローチがとられており、それぞれが一種の「小さな実験」として成立しています。量産品の中であっても繰り返しに陥ることなく、素材や表現の可能性を丁寧に探っていたことがわかります。

みんなのために届けるかたち ─ 芸術と生活のあいだで

このような芸術と商業のあいだのバランス感覚の良さは、しばしばスティグ・リンドベリにもなぞらえられます。誰か特別な人に向けた「作品」ではなく、広く人々の生活に届くものとしての美しさを探る姿勢。ヘルストレムの動物フィギュリンには、その思想が穏やかに息づいています。

一方で、国立美術館やロェースカ美術工芸博物館といったスウェーデンの主要な文化施設にも、炻器による一点物の作品が収蔵されています。また、ダーラナ地方を中心に、公共空間に設置された彫刻や壁面作品も数多く手がけており、生活空間の中に静かに残された彼の仕事は今も見ることができます。

トーマス・ヘルストレムは、決して前に出るタイプの作家ではありませんでした。しかし彼の作ったものは、家庭の棚の上にも、美術館の展示室にも、学校の壁にも存在しています。そしてそのすべてに共通しているのは、形としての確かさと、見る人の生活になじむ静かな親しみです。

大量に作られながら、ひとつずつ違って見える。誰の家にもあっておかしくないのに、きちんと芸術として通用する。そうしたものづくりを実現できたヘルストレムは、スウェーデン陶芸史において、もっと評価されてよい作家のひとりです。

彼は、「みんなのために、良いものを届ける」という理想を、半世紀にわたって地道に体現し続けました。その静かな仕事ぶりこそ、今あらためて見直すにふさわしい価値を持っていると考えています。

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