“ファウニのムーミン人形は独創的で、美しく作られています。私のトロールたちが、この姿のままでいてくれたら嬉しい。
トーベ・ヤンソン、アトリエ・ファウニの人形について、1950年代
ムーミンのものを、当店は1955年から2001年までのものに絞って集めています。作者のトーベ・ヤンソンが生きていて、ムーミンを何にしてよいかを自分で決めていた時代です。
1950年代のアラビアの皿と、ヘルシンキの工房で作られた小さな陶器のフィギュア、アトリエ・ファウニの人形、1960年代のポスターとハンカチ、1990年代のアラビアのマグと絵皿。作った会社はそれぞれ違いますが、どれも、トーベの目を通って世に出たものです。
1954年、ムーミンの新聞漫画がロンドンの夕刊紙で始まり、ムーミンは世界に知られるようになりました。すると商品にしたいという話が、フィンランドの小さなアトリエから百貨店まで、次々に舞い込みます。トーベは商売の判断ができる人でしたが、その量に追われて、絵を描く時間も、描く楽しさも削られていったと言っています。
それでも、人に任せきりにはしませんでした。1955年、フィンランドのアトリエ・ファウニが、革と布で手作りしたムーミンの人形を、許可を得ないまま売り始めます。トーベはその人形を見て、気に入り、正式に契約を結びました。冒頭の言葉は、そのときのものです。ファウニの人形は1971年まで作られ、いまも見つけにくいムーミンの品の一つです。
1958年には弟のラルスと会社を作り、本の翻案から商品まで、ムーミンに関わることを二人で見るようにしました。1969年に日本で放送されたアニメは、話も雰囲気も原作と違いすぎるとして、彼女が認めなかったことでも知られています。1990年の日本のアニメには、本人が最初から関わりました。何を通し、何を通さないか。ムーミンの品は、この目を通ってきました。
1956年、ヘルシンキの窯アラビアが、初めてのムーミンの食器を出しました。平皿、浅い鉢、マグ二つ。形はアラビアのデザイナー、カイ・フランク。そこに載る絵を、トーベが描きました。ムーミントロール、スノークのおじょうさん、ミイ。漫画の一場面を切り取ったのではなく、皿の丸い面のために描いた絵です。絵を皿に移す仕事も、フランクたちがしています。フィンランドとスウェーデンで2年あまり売られ、その後、アラビアがムーミンの食器を作ることは30年以上ありませんでした。
同じ1956年の2月、トーベはヘルシンキのストックマン百貨店と、陶器の小さなムーミンの人形を作る契約を結びます。作ったのはアラビアではなく、ヘルシンキの陶芸家レオ・テュッキュライネンの小さな工房でした。石膏の型で起こし、手で色をつけた高さ4〜6cmの人形で、1956年にムーミン一家とスノークのおじょうさんの4体、翌年にはミイ、スナフキン、ミーサ、ミムラねえさん、トゥーティッキ、警察署長が加わって10体になりました。ストックマンだけで売られ、1963年までに1万体を超える数が作られています。水彩のように透ける色はトーベが決めたもので、彼女はその小さな形を喜んだと伝えられます。誰が形を描いたかは記録が残っておらず、ヤンソン家では、画家だったトーベの母ハムが下絵を描いたと語り継がれています。
ストックホルムでは1957年、NK百貨店にムーミンの売り場ができ、ハンカチや転写絵、お絵かき帳、キッチンタオルが並びました。売り場のポスターはトーベが描いています。同じころ、イェヴレの窯ボー・ファヤンスも、NKのために7体のムーミンの陶器人形を作りました。フィンランドでは、銀行の新聞広告に載せる10回続きのムーミンの物語まで、トーベが自分で描いています。
1960年、新聞漫画は弟のラルスが引き継ぎ、トーベは本を書くことに戻ります。この時期のムーミンの品で当店が集めているのは、1966年から67年にスウェーデンの Art Work Shop が出した6枚組のポスターです。漫画の一コマを大きく引き伸ばし、黄色い紙に黒一色で刷ってあります。大きさは45×60cm前後です。1950年代からムーミンの新聞漫画を各国の新聞に配信してきた、ストックホルムのブルス社の許しを得たもので、紙の隅にそのことが小さく印刷されています。1番から6番まであり、当店には6枚がそろっています。
アラビアがムーミンに戻ってきたのは1989年の秋です。デザイナーのトーベ・スロッテが、トーベ・ヤンソンの原画を磁器に移す仕事を始めました。翌1990年の夏、スロッテは出来上がった最初の品、壁掛けの絵皿とマグと子ども用の食器を持って、トーベ・ヤンソンと伴侶のトゥーリッキ・ピエティラを訪ねます。トーベは一枚の絵皿の色を少し変えるように言い、あとはそのまま通しました。ピエティラは、このシリーズのためにフィギュアの原型を作っています。
このとき、アラビアはトーベに約束をしました。ムーミンの絵は、トーベかラルスの原画だけを使う、というものです。1990年代のマグと絵皿の一枚一枚は、本や漫画の中からスロッテが場面を選び、原画を器の形に合わせて描き直したもので、その約束はいまも守られています。マグの人気が広がり、ムーミンが家庭の食卓に戻ったのは、この10年のことでした。
トーベ・ヤンソンは2001年6月に亡くなりました。当店がムーミンの品を集める線は、ここまでです。
“はじめは伯母が、何をムーミンの商品にしてよいかを決めていました。その次は父でした。
ソフィア・ヤンソン(ムーミン・キャラクターズ社 会長)、thisisFINLAND のインタビュー
皿のために描かれた絵は、皿として無理がありません。人形は、作者が「この姿のままでいてほしい」と言った形をしています。マグの絵は、本人が見て通したものです。ムーミンの品がいちばん出来が良く、いちばん可愛いのは、作者の目が最後まで入っていた時代のものだと、当店は考えています。
当店が集めているのは、1950年代のアラビアの皿と陶器のフィギュア、ファウニの人形、1966/67年のポスター6枚、NKのハンカチ、1990年代のアラビアのマグと絵皿、それに1980年にストックホルム国立美術館が開いたムーミン展の図録のような、当時の本です。どれも子どもが使った日用品や玩具なので、良い状態で残っているものは多くありません。状態の良いものを選んで、見つかるたびに少しずつ並べています。
Vintage Moomin
全作品
作品一覧|All works
公開 76点
Vintage Moomin
1966/67年のポスター
作品一覧|ブルス社の許しを得て刷られた 6 枚
公開 6点
Books
北欧の洋書
作品一覧|フィンランドとスウェーデンの本。ムーミンの図録と漫画集はここ
公開 39点